自分の実家の近くに、小さな本屋さんがありました。
駅からも遠く、どちらかというと住宅街の中にぽつんとあるような場所で、看板の文字は少し色あせていて、いつも店の前には自転車が2、3台並んでいました。
自分が中学生になるまで、そこが“本の世界”の入り口だったんです。
はじめての『ジャンプ』を買ったのも、そこ。
友達と話題になっていたコミックスを探しに行ったのも、そこ。
週末に発売されるゲーム雑誌を待ちきれず、金曜日の夕方に「もう入ってますか?」って店員さんに聞いて、少し笑われたのも覚えています。
その店の中はいつも、紙の匂いと少し湿った木の棚の匂いが混ざっていました。とても好きな匂いです。
冬になると入口のドアのすきま風が冷たくて、だけど中は蛍光灯の光であたたかかった。
店員さんはいつも無口で、でもレジのときだけ「次の巻、来週入るよ」と小さく教えてくれたんです。
その一言が、なぜかすごく嬉しかった。
まるで自分だけが特別な情報をもらったような気がして。
あの頃は、1冊の本を買うことに小さな覚悟がいりました。
お小遣いを握りしめて、棚の前で何度も立ち止まって。
「今日はこれにしよう」と決めるまでに、何冊も手に取っては戻してを繰り返していました。
今思えば、その時間がいちばん贅沢だったのかもしれません。
ところがある日、本屋さんの片隅に「閉店セール」の張り紙が出ていて、胸の奥が少し痛くなったのを覚えています。
商店街のいろんなお店が閉まっていくのは少し見慣れていたはずなのに、あの本屋だけは、ずっとそこにあると思っていたから。
最後の日、店に行くと棚がほとんど空で、いつものレジの奥に見える段ボールの山を見て、なんだか現実を突きつけられたような気持ちになりました。
ひとつの時代、思い出が終わったようでとても寂しかったです。
そして今、あの本屋がなくなってから、もう何年も経つのに、今でも夢に出てくることがあります。
入口のチャイムの音とか、奥の雑誌コーナーの位置とか、驚くほど鮮明に思い出せるんです。
もしかしたら、あの場所で「本を選ぶ楽しさ」を覚えたから、今でもこうして新刊情報を追いかけたり、予約を調べたりするのが好きなのかもしれません。
ネットでなんでも買えるようになった今、もちろん便利だし、欲しい本がすぐ手に入るのはありがたいです。
でも、ページをめくる前の“あの時間”──棚の前で迷っていたあの静けさ──は、もう二度と戻らないんですよね。
あの頃の自分は、きっと本の世界と現実のあいだを行き来していたんだと思います。
帰省のたびに、あの本屋のあった場所を通るんです。
今は駐車場になっていて、看板も跡形もない。
でも、風の匂いとか、夕方の光の傾き方とか、ふとした瞬間に“あの店の空気”を思い出すんです。
小さな本屋の記憶って、不思議と心の中でずっと残るんですよね。
たぶん私にとって、あの店は“最初の図書館”であり、“最初の冒険の場所”だったんだと思います。
どんな大きな書店よりも、自分の世界を広げてくれた場所。
それが、地元のあの本屋さんでした。

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